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八 角 形 に ゅ ー す

2006年5月7日

聖シモン&聖ユダ
藤沢カトリック教会


目次

お父さんが残してくれた宝・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・司祭 渡邉

教会委員会報告

洗礼式を終えて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼3区 斉藤

中高生春合宿

はるかぜに誘われて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・善行 鹿野

お花見ツアー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢1区 萩田

信仰教育委員会研修・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日曜学校 平山

典礼奉仕者養成コース(第10回)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・典礼部

一粒会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼3区 上原

シャワールーム利用状況報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・福祉部 窪田

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お父さんが残してくれた宝
司祭 渡邉

 少し前、母から「叙階10周年のお祝いがあったら、私も行きたいよう。」と、電話がありました。私は「25周年とか50周年とかはあるけれど、10周年のお祝いというのは普通ない。」と答えました。そのうち、地元の富士吉田教会の神父さんが気を利かせてくれてか、私の叙階10周年のお祝いをみんなでやりたいので来てくれ、と招かれました。それからしばらくして、教会学校の先生から、せっかく富士吉田教会に来るのなら、子どもたちにも話をしてくれるように、司祭職のことでも、今は復活節だからご復活のことでもいいからと頼まれました。子どもたちにどんな話をしようかと思い巡らしながら、ある家族のことを思い出しました。その家族の思い出を今回の巻頭言に代えさせてもらいます。

 お父さんが帰天したとき、下の子は小学校1年、お姉ちゃんは小学校3年生だったと思います。お父さんは、5月のゴールデン・ウィークにみんなでふるさとの佐渡に帰ったときに倒れたのでした。そこで、お母さんが付き添いの看病をし、子どもたちもそのまま佐渡の学校に通わせてもらっていると伝え聞いていました。そんな状態が6ヶ月あまり続いたでしょうか。お父さんはずっと平衡状態が続き、お母さんはやっとの思いで神奈川県内の病院で受け入れてくれるところを探し出しました。お父さんを受け入れてくれた病院は、家からはちょっとばかり離れていました。

 私は一度訪ねようと思いながら、なかなか訪ねられないでいました。子どもたちに聞いてみると、僕たちは週に一度、お母さんは毎日行っているようでした。「お父さんとお話している?」と聞くと「うん、している」と、「お父さんはわかっているよう?」と聞くと「うん、わかっているよう」と答えました。

 だいぶたってから、私はようやく訪ねることができました。お母さんに案内してもらって行くと、お父さんは体を自分では全く動かせない状態でいました。まぶたも自分では閉じられないでいました。ただ、呼吸は自分でしっかりとしていました。私は耳元で、お父さんにこんな風に語りかけました。

 それはお父さんが倒れる直前の復活祭のこと。その年の復活祭は桜が満開でした。復活祭のミサを終え、教会のみんなとお花見に行きました。ちょうど酔いも回って心地よくなったころ、私は席を立ちひとり出かけると、そのお父さんとお母さんがふたりで桜の木の下でバトミントンをやっているのが目に入ってきました。向こうでもこちらのことに気づき恥ずかしそうに会釈します。よく見ると足元ではふたりの子どももじゃれあっています。

 復活祭の日の満開の桜の木の下でのこの光景が印象深く、またお父さんが倒れたと聞いた後はその印象がさらに強烈なものとして残っていて、お父さんの耳元で「去年の復活祭の日、満開の桜の木の下で、家族みんなでバトミントンをしていましたね。私はその日のことをよく覚えています」と語りかけました。すると、お父さんの呼吸がみるみる大きな大きな呼吸になってゆきました。お母さんは「わかっているようですね。わかっているようですね」と言って、私が帰った後もひとりそこに残りました。私がお父さんの帰天の知らせを受けたのは、こんなことがあってからちょうど一週間程たったころでした。私は複雑な思いでした。

 葬儀の日には、今にも泣き崩れそうなお母さんをお姉ちゃんが一生懸命支えていました。

でも、火葬場でお父さんの棺が中にいれられ、扉が閉められると、お母さんは堪えきれなくて泣き崩れ、それと同時に子どもたちも大きな声でワアーと泣き叫ぶのでした。

 話は少し飛んで、あるとき教会の子どもたちみんなに、「みんなの宝物は何」とたずねました。それは、聖書の中に「天の国は宝探しのよう。それを見つけると、他のものはすべて後回しにしてもそれを手にいれる」とあるのを話していたときのことです。みんなは自分のちっちゃな宝物、クリスマスなどのときにもらったプレゼントのことを話してくれていました。ところが、ひとりの子が「私の宝物は家族」というと、そのあとの子たちもみんな「家族」というのです。これはあやしいと思い「本当か?本当のことを言えよ。」というと、その次からまた、それぞれのちっちゃな宝物のことに話が戻りました。ふと、最初に「私の宝物は家族」と言った子をもう一度確認すると、あのお父さんを亡くしたお姉ちゃんでした。ああこの子ならわかると、私は心に思いました。

 お父さんがこの世のいのちを越えて残してくれた宝でした。 



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教会委員会報告(4月22日)

(1) 2006年1月〜3月財務報告

(収入の部:単位千円)
区分 今年実績 予算消化率 前年実績 対前年差異
一般会計 11,837 21.20% 14,486 -2,649
がりらや会計 3,043 21.30% 2,924 119
〔収入合計〕 14,880 21.20% 17,410 -2,530
(支出の部:単位千円)
一般会計 13,164 23.10% 26,790 -13,626
がりらや会計 3,301 27.50% 4,145 -844
〔支出合計〕 16,465 19.60% 30,935 -14,470

(2) 湘南台センター検討小委員会の発足

 先月の教会委員会で設置が決まった“湘南台センターのあり方を検討する小委員会”は、教会委員会の今年の課題のひとつでもある“北部宣教拠点の在り方の検討”の一環としてまず現在拠点となっている湘南台センターについて検討するものである。小委員会では湘南台センター設立の原点に立ち返り、これまで及び現在のセンターにおける活動をレビューし、本来の目的にかなった活用が十分なされているか、もしないとすれば、それは何故か、またどうすればより良い活用ができるか、或いはできないか、など北部宣教拠点としての湘南台センターの在り方を検討し、10月末までに答申してもらうことになった。委員として以下の方々が選任された。

金子(宣教部長 鵠沼)(座長)
兼子(南部地区 藤沢)
児玉(国際部  藤沢)
竹内(教会委員会副委員長 北1)
増田(センタースタッフ 辻堂)
米谷(北部地区 北2)

(3) 横浜教区地区別懇談会

 横浜教区の教区経済問題評議会、教区建設委員会、神奈川県共同司牧推進委員会が合同で地区別の懇談会が行なわれる。第5地区は6月4日鍛冶ヶ谷教会で行なわれる予定で、教会委員長と財務部長の出席が要請されている。

(4) 「共に歩む集いin藤沢」(福祉部からの報告)

 横浜教区福祉委員会主催の集いが5月20日(土)藤沢教会で開催される。障害を持つ人々とそうでない人々がともに歩み、より良い社会、教会共同体を目指し、梅村司教はじめ信徒の講話、ミサ、分かち合いが行なわれる。教区の教会から100人を超す参加者があると思われるが、藤沢教会からも大勢の方の参加を期待している。

(5) ブロック・活動部より

  1. 北1、北2、鵠沼、辻堂ブロック合同黙想会 5月20日(土)於:聖園マリア幼稚園、指導は粕谷甲一神父。

  2. 藤沢 5月14日受洗者及び転入者の歓迎会

  3. 6月24日 聖園の修道会本部にて黙想会(指導はイエズス会植栗神父)

  4. 北2 5月27日 湘南台センターにて、受洗者及び転入者の歓迎会

  5. 6月7日 富士山バス旅行

  6. 総務部 活動部の掲示板設置についての提案

  7. 国際部 5月7日 ベトナム マリア月野外ミサ
          5月14日 定例ミーティング
          5月21日 フィリピン「フローレス・デ・マヨ」
     共助組合外国人支部設立を検討中 自立支援のパンフレットをスペイン語と英語で作成

  8. 教育部 4月1日 教区教会学校リーダーの研修が藤沢教会にて行われた
    4月23日 子どもと共に捧げるミサ
          5月14日 教会学校遠足
          6月18日 初聖体
          7月から、第3日曜日は、センターホールで合同授業

  9. 福祉部 一人暮らしのお年よりに対してブロックと共に話し合う
          5月13日 神山復生病院訪問
          5月14日 本柳師「アフリカをあつく語る」
          5月20日 障がい「共に歩む集い」in藤沢
          5月21日 ミニバザー (スカウトデー)

  10. 典礼部 ミサの当番月のブロックの代表は、前月の典礼部会に必ず出席のこと
    典礼部会は、毎月最終木曜日の19時から

  11. 宣教部 6月11日 堅信式 そのための準備講座を5月13日(土)から4週続けて毎土・日に行なう。



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洗礼式を終えて
鵠沼3区 斉藤

 4月15日、私はこの教会で受洗致しました。この日を迎えられたのは、暖かく指導して下さったキリスト教講座のリーダー、良き講座同窓生、お役を快く受けて下さった代父さん、そして常に傍らでサポートをしてれた妻のお陰でありました。

 入信式では鈴木司祭の一言一句が新たなる思いを呼び起こし、身の引き締まる思いでありました。祝福を頂いた多くの方々に心より御礼申し上げます。

 私は2年前、仕事から身を引いた後、程なく病を得、手術を受けました。 幸い術後の経過は良好ではありましたが、この一連の時期を通して、あまり物事を深く考えるタイプではなかった私も、折りにつけ何かを思い、考えるようになりました。いずれ与えられた命を終える時には、ニヤリと笑ってVサインで黄泉の国は旅立ちたいと強く願うようになりました。この様な気持ちを内に抱えつつ、転居した藤沢で、1昨年11月に見知っておいた藤沢教会に自然に足が向いたことは、後に考えると神のお導きだったのでしょう。そして講座リーダーの下で、良き講座仲間と共に、楽しく講座の時を過ごし、現在に至っております。

 私の洗礼名はフィリポ・ベニチオです。これは私の息子がつけてくれました。後に「マリアのしもべ会」の総長となる聖人も、子供のころはフィレンッエの悪童であったとか。息子二人にとってあまり良き父親とは言い難かった私に「悪童であった」ところを重ね合わたようです。

 こうした経過を経て洗礼を受け、教会の末席に加えて頂きました。神の道具として、微力ながら共同体のお役に立てることを念願しております。



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中高生春合宿

中高生会では、3月25、26日まで、戸塚聖母の園で春合宿を行いました。今回のテーマは「一寸奉仕」。聖母の園の老人ホームでボランティアをさせて頂きました。当日は、高野神父様と宮内神学生や鍛冶ヶ谷教会の中高生会のリーダーも来て下さり、老人ホームのみなさんと一緒に歌を歌ったり、体操をしたり、お花見もしました。

春合宿を通して

中2 渡辺

私は3月に中高生会の合宿に参加しました。今回の合宿では、老人ホームの仕事をお手伝いさせていただいたり、ミサに参加したり、友達と話したり、高野神父様のお話を聞いたりと盛りだくさんの2日間でした。その中でも私は、老人ホームでの活動が一番印象に残っています。なぜなら、老人ホームで働いている方たちがすごく笑顔でおじいちゃんやおばあちゃんに接していたからです。小さい子に笑顔で接する人ならよく見るけれど、老人にそんなに笑顔で話しかける人を見るのは初めてでした。私は、今まで老人ホームは介護のためだけにあるのだと思っていました。でも、今回の活動を通して、老人ホームはそのためだけにあるのではないことが分かりました。老人ホームは人に笑顔を分けたり、優しさを与えてくれたりする場所でもあるのだと思いました。自分の笑顔で誰かを元気付けたり、幸せな気持になれるのはすごく素敵なことだと思います。是非、また、次回も合宿に参加したいです!!

春合宿に参加して

中2 川辺

 私は、3月25、26日に『聖母の園』で行われた春合宿に参加しました。高野神父様・宮内さん・浅野さん・鍛冶ヶ谷教会の田中さんが同伴されました。昼食を食べたあと、老人ホームでお年寄りの方々とリハビリ体操をやりました。私がやっても大変でした。ホームの方々は毎日やっているそうなのでよく続けられるなぁ・・・と思いました。そのあと、桜を見に行ったり、歌を歌ったり、いろいろとやりました。夜ご飯を食べ、片づけをしたあと、お風呂に入りました。入るのは結構大変で、時間がかかりました。夜は、参加した人で、カルタをしたり、トランプをしたりお菓子食べたりしました。部屋に戻り、布団を敷いたあとはずっっっっっと話してました。とても楽しく、時間がものすごく早く流れていく感じでした。

 次の日は全然ねてなかったので、かなり眠かったです。朝ご飯を食べ、ミサに出たあと、そうじをして荷物をまとめました。聖母の園を出発する時には、全員で写真もとりました。今回の合宿には友達に誘われ、たまたま行っただけだったけど、とても楽しかったです。今度の夏にある合宿には、今回より多くの人が参加すればもっと楽しくなると思いました☆〃

あと、旅行の際の服装も1つのポイントだと思いました。。



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はるかぜに誘われて
善行 鹿野

小泉様へ

4月1日土曜日♪♪はるかぜコンサート♪♪

 ゆらゆらと出掛けた私は、湘南台センター満員の参加者に、まずびっくりしました。貴女が音楽家でいらっしゃるとは存じ上げておりましたが、演奏をおききするのは始めてでしたね。トロイメライから始まった前半で、ヴィオラの音色のおだやかな美しさになじみました。そして後半では、大胆な又優美な演奏に、すっかり心を奪われました。参加者がみな盛り上がってゆくのを、きっと感じられたでしょう。一曲ごとに、少しずつ解説をつけて下さったそのトークの楽しさも驚きでした。ヴィオラとバイオリンの違いも判りやすく話して下さいましたね。皇太子様のおかげで、ヴィオラも少しは知られるようになって・・・と云われて皆ほほえみましたよね。コンサートはよくやっていらっしゃるのかしら。機会があれば又伺いますからよろしく。

 そうそう、あのバックの神父様のお絵、蒼い雲の様子が、演奏ととてもよく合っていて、わざわざあつらえたもののようにさえ見えた、なんて云うと、神父様に失礼にあたりますかしら。あなたが、アンコールはあの絵をどうぞ、と云われた事や、案内のチラシに"音楽と絵のコラボレーション"とあったのを思いまして、あ、コラボレーションと最近よく聞くのはこういうことねと、感じ入りました。芸術的な感性など全くない私に、しみじみとした喜びを与えてくださいましたこと、感謝します。このたび、感想文をと云われて書いている内に貴女とお話してる気分になりました。北一の連絡員をご一緒した時のことなど思い出しています。センターの方々、他に準備して下さった方々、それからピアノ伴奏の方にも敬意を込めて感謝しつつ終ります。



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お花見ツアー
藤沢1区 萩田

 毎年、桜の季節になると、沖縄から始まる"桜前線北上"のニュースを聞き、南北に長い日本の国土を実感しますが、今年も早や教会の桜は終わった4月17日、福島県あたりが桜の満開と決めこんで有志28名(壮年男性5、自称姥桜23)朝6時過ぎに教会を出発して、紅枝垂れ桜の"三春滝桜"見物に出かけました。

 都内もスムーズに通過して東北道に入ると、車窓の右に左に、まさに満開の桜を楽しみつつ10時ちかくに三春町に到着しました。実は前日にインターネットで滝桜の情報を取り出して下さった方によると、まだ"ツボミ"ということではあったのですが、見上げた樹齢1000 年の桜は、全体に薄いピンク色で、ほんの数輪咲いていたようですがやはり殆ど"ツボミ"!「藤沢から美女が23人も来たから桜も遠慮したのかしら!?」などと言いながら、写真を撮り、桜の切手や珍しい土地のものを買ったりしているうちにお昼どきとなり、"ホテル八文字"というところで名物の"ほうろく焼き"をいただきました。そしてしばし休憩の後、お世話役の方が

 「ここは素晴らしいです!」と急拠準備して下さった福島の"花見山"へと出発しました。

私達は皆初めてのところなので、期待でワクワクしながら到着すると、まさに観光バスが列をなし、人・人・人・・・花・花・花・・・「ワーすごい!」「見て見て!」などと大興奮。平地には水仙、チュウリップ、沈丁花,雪柳などが咲き、山頂への道には、梅、桃、椿、サザンカ、レンギョウ,ボケ、ロウバイ、モクレン、サンシュ、そして圧倒的な数の桜、しかも十月桜、おかめ桜、うこん桜、天の川桜、東海桜などが山頂の展望場まで続いて、文字通り"花の山"。山頂からは360度ピンクの綿菓子をポッポッと隙間なく置いたような眺めに、素晴らしい!を連発し、大いに満足しました。また快晴でしたのではるか西方には"吾妻小富士"に"雪うさぎ"を見ることが出来ラッキーでした。

 帰りのバスは、またまた話に花が咲き、心地よい眠りもありS.Aへ寄るたびに"花より団子"も増えましたが予定どおり午後9時すぎ、藤沢に帰着しました。神の造られた大自然の素晴らしさと四季のある国に生まれたことへの感謝!そして準備をして下さった方々へ"ありがとうございました!"のとても楽しい一日でした。



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信仰教育委員会研修
日曜学校 平山

 4月1日(土)に、教区の信仰教育委員会の研修会が藤沢教会でおこなわれました。「教会学校のリーダーに向けて」のテーマで、当日は100名近くの教会学校リーダーが集まり、祈りで始まり、講話(講師:梅村司教様)、昼食をはさんで歌の練習、質疑応答、ミサ、茶話会で解散致しました。

 講話の中で、司教様は何冊かの本を紹介して下さいましたが、私にとって興味深かったのは、その中の一冊の「あたまわるいけど学校がすき こどもの詩」(中公新書ラクレ)です。司教様が読んで下さった部分を引用します。

電車にのって

ねえママ よーく聞いてみて この電車「ボクはココボクはココ」っていってるよ

電車とおはなし

「せきぐちはなこです」(どうしたの)いまね でんしやがね「だれっかな だれっかな?」ってきいていったんだもの

ちらしずし

うっわあ すごい ごはんのおはなばたけだー

ゴキブリ

おかあさんが「キャー!」っていうからゴキブリもよろこぶんだよ「いらっしゃーい」っていえば「チェッつまんないの」ってすたこらいっちゃうよ

 と読みながら、この子は視覚に敏感な子、この子は聴覚に敏感な子と、一人一人の子供の可能性を見つける事が嬉しそうでニコニコと声をあげ笑いながら子供の詩を紹介して下さったのが、とても印象的でした。 教会学校では、皆と会う時間が週に1回の40分程度なので、ゆっくりと話しをする時間がありませんが、一人一人の可能性・タレントを発見し、十分に発揮できる場所にしたいと思います。

 また、数年前に中学生が4才児を駐車場の屋上から突き落としてしまった事件や、看護師が身動きできない患者の生爪を剥がす事件などについては、「共感能力の欠如」を指摘されていました。 体験しなければ、分からない事が多いので、施設等を訪問している教会学校も増えているようです。知識だけを教えるのではなく、自らの体験を通して理解できる人になる、あわれむだけで終わってしまうのではなく、よきサマリア人のよう手を差し出す事ができるよう手助けが必要なのではないでしょうか。

 質疑応答では、@心を開いて思いやりのある子に育てるためには、どうしたらよいか?A教会学校では、何を何処まで教えたらよいのか(特に初聖体クラス)等の質問が多かったのですが、@に関しては、偏差値重視のような尺度で子供達をみるのではなく、子供達の意外性を育む事が大切である。家族・リーダーそして共同体の役割(あたたかい支え)がとても大切な事。子供達の為に祈ってほしい。Aに関してはパンとご聖体の区別ができればいいんじゃないかな。それより体験したり、命の甘さを理解する事の方が大切と教えて下さいました。そして、ご聖体をいただく為に赦しの秘跡を受けるのではなく、赦しの秘跡本来の豊かさを知ってもらいたい(聖体拝領する人数は増えているのに赦しの秘跡を受ける人数は減っている)とおっしゃっていました。

 最後に、各小教区だけで悩み考えているのではなく、お互いに良いものを分け合える小教区を超えての集まりの必要性を説き、司教様はそのための力は貸して下さると約束して下さいました。試行錯誤しながらの毎週ですが、私達に希望と励まし、そしてキリストの光による照らしを与えて下さった研修会でした。



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典礼奉仕者養成コース(第10回)
典礼部

青少年のための典礼 <鈴木師>

・鈴木神父は95年から横浜教区の青少年担当。教区に青少年委員会(司祭2名、信徒11名)があり、その目的は小教区、地区を越えた青少年の活動の支援や集る場を提供することにある。対象は高卒以上の青年と高校生となっている。小学生は教会学校の範疇に入れているが、中学生が曖昧で、教会学校に含めているところもあり、中高生を一緒にくくっているところもある。

・若者が教会に来ないといわれるが、若者は元気で、教会以外の所で活躍している。例えば、昨年8月のワールド・ユース・デイ(WYD)ケルン大会には横浜教区から公式巡礼団として30名が参加した。

 また、教区を越えたカトリック青年連絡協議会が主催する「あっちこっちミサ」を2年ごとに行っており、今年は3回目を藤沢教会でやる。これは全国レベルでそれぞれの教区や地域で同じ日、同じ時間にミサを捧げることによって一体感を持とうという青年たちの発想から実現したものである。前回(2004年)は16箇所でおこなわれた。

 さらに、2001年から高校生大会が毎年夏に行われているが。そのための教区内の「プチ高校生大会」を3年前からやっている。これに参加した高校生が卒業してからスタッフとして育ち、後輩に影響をあたえつつ繋がってきている。

・青年たちはミサをどう考えているか。主日のミサに青少年が少ないといわれるが、中学生は部活で高校生は寝ているようだ。ではミサが嫌いかというとそういうことでもない。合宿などでは積極的にミサをとりあげるし、締め括りとしてあたりまえとうけとめている。では何故来ないかというと、彼らにとって主日のミサは魅力がない、また一番大切な友達がいないからである。したがってポイントはまず、ミサの中で青少年が仲間とともに役割を担っているかどうか、大人がミサをアレンジして彼らにお願いするという構図になってはいないかということである。また、彼らには彼らのスタイル、表現方法がある。例えば音楽で、プチ高校生大会に会わせて毎回歌集を作っているが、典礼聖歌は好まない。

 教区青少年委員会の活動の一つとして中高生に関わっているリーダーのための一泊研修会を数年前から行っており、「中高生とともに捧げるミサの実践」をテーマとしている。典礼、神学的に間違っているところもあるかもしれないが、発想がまったく自由で学ぶべきところがある。例えば。平和の挨拶は特別に大切な時間で、お互いに延々とやっている。また、司祭に説教を歩きながらやってはと言ってみたり、説教の代りに分ち合いをしたりしている。

 小教区の主日のミサで青年たちが大人主体の場での道具ではなく、主体的な役割を持つのは難しいかもしれないが、違う世代がともに集う主日のミサが可能か。大人が青少年を下にみてしまう、教え導くという姿勢では決してうまくいかない。一緒にやる、考える、そして教えてくださいという姿勢を持てるか。典礼、神学上の大切な要素も分かちあい、一緒に考えることが出来るかどうか。彼らの言うことに耳を傾けることが必要である。



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一粒会
鵠沼3区 上原

 一粒会は祈りと献金をとおして司祭の招命と成聖を願う会です。横浜教区では信徒全員が一粒会会員とされていますが、藤沢教会は250名弱で淋しいところです。これからも一粒会入会にご協力の程、よろしくお願い申しあげます。

 藤沢教会で叙階された司祭は次の3名です。

飯野師(山手教会) 河野師(帰天) 山口師(由比ガ浜)

また現在では、宮内毅神学生の3年目の認定式がさる3月28日に山手教会であり、藤沢から8名が参加させて頂きました。司祭叙階をめざして勉強中です。皆様でお祈りいたしましょう。

 私は一粒会会長荒井司教様、濱尾司教様(当時)、梅村司教様から委嘱されまして一粒会小教区委員、湘南地区本部委員(14教会)、神奈川第五地区本部委員(7教会)、横浜教区常任本部委員(10名)を30年間奉仕させて頂きました。藤沢教会では横浜教区一粒会大会を3回開催し、神父様をはじめ皆様のご協力を頂きまして盛大に終了できましたことを心から感謝申しあげます。2005年12月31日をもちまして会長梅村司教様、総指導司祭森田神父様、当教会鈴木神父様に辞表を提出して退任させて頂きました。長い間のご指導を心から感謝申しあげます。

 次期常任本部委員は、神奈川第五地区本部委員で奉仕し、経験を積んでいらっしゃる金子様が梅村司教様から委嘱されました。よろしくお願い申しあげます。



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シャワールーム利用状況報告
福祉部シャワールーム管理チーム 窪田

 2002年4月に皆様からの寄付金により設置されましたシャワールームは、今年3月でまる4年間、主に路上生活をされている方に利用されてきました。ここでその間の利用実績などについて簡単に紹介をいたします。

<利用実績>

年/期 2002上 2002下 2003上 2003下 2004上 2004下 2005上 2005下 4年間
利用者数 39 20 34 36 38 43 47 46 総利用者=164名*
利用回数 342 111 369 336 452 359 482 483 総利用回数=2934回

*:利用者数は、期間内に1回でも利用した経験のある人の数

集計の結果、この4年間で164名の人々がシャワーの利用を体験し、総利用回数は、2934回にのぼりました。

2002年4月の設置以降、半期毎の利用回数及び総利用人数は、若干の増加傾向にあることがわかります。また、上表とは別の2005年度利用者別の実績によりますと、毎月の平均利用者21名の内、月10回以上利用する所謂常連の人は1〜2名程度、また1回だけの利用者は6名程度であり、平均では2.0回の利用となっています。

<維持管理>

利用には教会事務所が開いている時間(若干制限あり)に、受付票に名前を記入して鍵を貸与する方法をとっており、事務所スタッフに若干の手間をかけています。日常の維持管理は、福祉部シャワールーム管理チームが担当していますが清掃については基本的に利用者自らが清掃を行うことにしており、さらに、月3回程度、3名のボランティアによる清掃、点検を行っています。

<利用者の反応>

路上生活者にとっては体を清潔に保つことが出来、匂いなどの問題が解消される事から、特に最近初めて利用体験をした人の感想では、とてもありがたいものとして受け止められています。しかし、設置後約4年を経過し、長く利用している人にとってはシャワールームを特別の物として意識する事は少なくなってきているようにも見受けられます。

<まとめ>

 以上の通り、シャワールームについては、設置後約4年間で、多くの路上生活をされている方々に利用されております。今後も引き続き教会の皆様の深いご理解の許で運用を続けていくとともに、一人でも多くの方にボランティアとして係わっていただけるようお願い致します。



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